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JSOについて

日本歯科矯正専門医学会(JSO)設立に寄せて

日本歯科矯正専門医学会 顧問
与五沢 文夫

現状と矯正治療の特性

特殊性が高く、臨床経験を要する矯正治療

我が国における矯正臨床の現状はまさに混乱している。その質は玉石混交だが、総じて低下をきたしている。
矯正治療はさまざまな不正咬合に対処し、より良い状態にしようとする創造の医療であるので、最善の治療結果を万人で共有することが難しい医療である。また、不正咬合の発生機序が複雑なため、症例の全てを理想的に仕上げることは誰にもできない。そのようなことから、治療の質の善し悪しの判断がつき難いものである。しかし、明らかに矯正臨床能力の不足が原因と考えられる問題症例を目の当たりにすることも少なくない。矯正治療は単なる歯の移動ではない。個々の歯の移動自体は容易だが、矯正治療は咀嚼という一連の複合的なシステムへ関わる対応であるため単純ではない。また矯正治療は歯科医療の中でも特殊性が高く、それなりの知識や技量の獲得に数年の時間を必要とする。また症例が多様であるから,経験による判断が大切なのも矯正臨床の特徴である。したがって矯正医として一人立ちするには知識や技術の修練に加えて、矯正臨床の先人の元で更なる数年の経験が必要とされる。

歴史的経過

矯正科の自由標榜制度

現在の矯正臨床の場を混乱に導いた最大の要因は1978年に導入した矯正科の診療科名の自由標榜制度と私は思っている。自由標榜制度とは矯正臨床のトレーニングの有無に関係なく、歯科医であれば誰もが自由に矯正を標榜することができるという制度である。裏を返せば、矯正治療を行なうのに矯正臨床の教育歴は問いません、という宣言ともとれる。この制度が無謀であることは矯正臨床と真剣に取り組んだ者なら誰もが分かるはずである。しかし、この制度は歯科矯正の教育を司っているはずの大学人が運営する日本矯正歯科学会が、自ら要望して成立させたものである。当時、私は30代であったが、その制度によってもたらされる将来の矯正臨床の混乱を予見してそれに反対し、標榜を行なう前に何らかの矯正医(Orthodontist)の資格認定が必要であると、当時の学会長に進言したことがある。しかし、矯正歯科を社会に認知させることが先との見解から施行に踏み切られた。この判断と振る舞いは矯正の専門性を自ら放棄した行為に他ならない。その選択の結果が現在の矯正医の立ち位置となっている。

日本矯正歯科学会の認定医制度

自由標榜開始から10年後に、日本矯正歯科学会は認定医制度をスタートさせた。すでに矯正の標榜が世間に氾濫し、それに伴って矯正のアルバイトが横行して矯正臨床の場の乱れは確実に進行していたが、それでも何らかの資格認定が行なわれることによって、矯正臨床の専門性の認知と質の維持に繋がることを期待した。その認定審査委員の一人として私も任命されたが、認定審査が実は単なる形式上で、臨床能力の評価に実質的に結び付いていないことを知るに及んで失望した。また当初より資格取得に関連して様々な不正行為の噂が飛び交った。その後も問題を残したまま年月が経過し、日本矯正歯科学会の幹部からも認定医制度は形骸化した、とまで云わしめた。

日本矯正歯科学会の専門医制度

認定医制度を施行してから更に10年後の1990年代後半に入り、日本矯正歯科学会は認定医をそのまま残し、更に専門医制度へと歩みをすすめていく。
そのころ、社会で低迷していく矯正臨床環境は放置されたままの状態を憂いて、日本矯正歯科学会会長にお会いし、矯正専門の開業医の目から見た日本の矯正臨床の実情を話し、日本の矯正界を健全化していくためには教育の場を司る大学と、矯正臨床を社会へ還元する開業医とが、それぞれの使命と役割を果し、互いに協調、協力していくことが日本の矯正界の将来にとって必需と進言したことがあったことを付け加えておく。

日本矯正歯科協会(JIO)設立へ至る経緯

矯正臨床の環境改善

矯正臨床環境改善に向けた動きが一向に感じられない中、加速度的に低迷していく矯正臨床の場に強い危機感を感じた私は、一開業医の身ではあるものの矯正界に携わっている人間としての責任を感じ、矯正臨床の世界は矯正医(Orthodontist)自らの責任において守らねばならないと考え、それぞれのリーダーである何人かの矯正専門開業医を訪ねた。矯正臨床の場の危機について共通認識のあることを確認でき、矯正専門開業医が一丸となって環境改善に努める必要性についても同意を得た。しかし、それを具体的にする過程で、すでに存在していた矯正開業医の組織において、内在していた矯正医のグループ間での対立構造が障壁となった。私は、日本の矯正専門開業医の将来を見据えた大義を優先して、個々の対立を超越するよう説得したが叶わず、その時点でその取り組みを断念した。
そこから数年の後、日本矯正歯科学会の75周年のパネルディスカッション(矯正専門医として、何を視、どう伝えるか、2001年)において、私の矯正臨床の現状とあり方の意見を会員に向けて話したらどうかとの口演依頼があった。私はそれまでの経緯から躊躇したが、矯正医の将来を思い、数日間考えた末に口演を受諾した。その口演後に複数の矯正臨床医から熱い反響があったことから、その場に居合わせた演者を中心として再度、矯正専門開業医の集結の気運が盛り上がった。 それによって翌2002年に大同団結を期待して会がもたれ、450人程の矯正開業医が集った。しかし、組織編成の過程で再びそれぞれの思惑違いや対立が起こり、所期に期待した通りにはならなかった。しかし、思いを引き継いだ者達によって、なんとか日本矯正歯科協会(JIO)として組織は成立した。その後も多難な道程であるがゆえ幾多の紆余曲折があったが、10 年を迎えた現在では矯正臨床の場の改革を目指す熱い思いを抱くメンバーとそれを支援する歯科医に支えられて、着々と活動が続けられている。

我々の活動 JBO、そしてJSO

矯正治療の質の向上と、専門性の確立

JIOは矯正治療が社会で信頼ある医療として認知されるべく、自らを律して質の向上に努め、ひいては矯正医の社会的地位の確立を期待している。また、厚労省の関与した専門医制度は、社会での矯正治療の信頼の回復と専門性の認知、ならびに矯正医の生活権に関わる、最後の砦とも云える重要な事項であると位置づけた。今から立ち戻ることは不可能だが、本来であれば歯科矯正を代表する組織が、矯正臨床の健全な発展のためのビジョンをもち、その中で臨床を具現化する矯正医(Orthodontist)の立ち位置やあり方を判断し、それに基づいて、教育システム、資格、それを取り巻く環境整備まで一連の責任をもった仕切りがなされるべきであった。それができていれば矯正医(Orthodontist)がその資格としてあり、加えて診療形態によって専門医を名乗れば良かったものと思っている。
しかしながら現実は、自由標榜、認定医、専門医へと流れ、その結果、混乱した矯正臨床環境をもたらした。その一連の施策は、錆の上塗りを重ねたてきた如くで、矯正臨床を健全に導くためのビジョンは見られず、もはやその組織に、矯正専門開業医に直結した専門医制度を委ねることはできないとの思いがある。さらに世間での状況変化も見過ごしてはならない。 1970年代は矯正治療の受診者の数は大学病院が中心であったが、1980年代頃を境に加速度的に開業医へと移り、現在では大学病院での矯正治療受診者数は全体の5%以下と思われる。そのことからも、社会への影響力や責任を鑑み、矯正専門開業医を中心として矯正専門医制度を考えられるべきものと思っている。

公正で厳格な専門医制度の設立

JIOは専門医制度のあり方につき長期に亘り情報を収集して検討した結果、専門医制度は、透明性の高い公正な審査と組織自ら裁定を行なう厳格さが重要であることから、専門医を認定する組織は矯正専門医の資格審査に特化し、独立した機関であることが必要と判断して、自らの組織の外に独立した日本歯科矯正専門医認定機構(The Japanese Board of Orthodontics)の設立を図った。JBOは2004年より専門医認定診査を開始した。それから 6年経った2010年には診査に合格したメンバーも増えたことから、更なる前進をめざして団体として活動を開始することとし、それに賛同した専門医によって日本歯科矯正専門医学会(JSO)が発足した。

これからの展望

患者さんに“選ばれる”矯正治療への移行

現在、矯正歯科の標榜が27,000軒の歯科医院に掲げられている。人口が日本の2倍のアメリカで矯正医の数が7,000人程であるから、27,000の標榜の数の異常さは計り知れる。日本での矯正臨床の場が混乱するのは当然で、すでに収拾のつかない状態となっている。

一般社会での矯正歯科の認知は自由標榜に端を発しているから、一般市民は矯正治療の特殊性など知る由もなく、何処でも同様に矯正治療が受けられると思われている。というより、矯正に携わる者、自らがそうさせたと云える。本来、矯正医は矯正臨床という職業域を通じて社会的役割分担を果す立場にあり、世間での矯正臨床の発展や質についても主たる責任を負う立場にある。しかし,現実には専門性の認識のない環境のなかで、矯正治療の受け手が拡散している現実を目の当たりにし、矯正専門開業を目指す者が殆どいなくなっている。そのような状況下の我が国では、矯正専門医の集団が大きくなり、アメリカにおけるその集団のように集団としての力を発揮することはできないだろうと思っている。それらのことから、本来、矯正医自らがやるべき矯正環境の整備や自浄作用を起こさせる方法論は私には見いだせない。今後は矯正治療の受け手側が、矯正治療の質の違いやその大切さを認識することによって、矯正治療従事者を選ぶようになり、その結果、質の高い矯正臨床が世間で展開されるようになることを期待する以外になく、矯正専門医は能動的ではなく受動的に成立するステージに入ったのかも知れないと考えている。

日本歯科矯正専門医学会(JSO)は、矯正治療を受診される方々の期待に応えられる良き受け皿となり、発展していくことを心から願うばかりである。

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