NG矯正の症例:大人のNG矯正
治療を受けたら、上も下も出っ歯に/不十分な診断
前医で2年6ヶ月に渡る非抜歯拡大矯正治療の途中で上下の前歯が著しく前突した状態を心配して来院されました。私のところでは、治療方針の変更が必要と診断し、上下左右の第一小臼歯を4本抜歯して前歯を後退させました。 2年7ヶ月に渡る治療を行い、横顔の口元が美しく改善されたケースです。
- 再治療を担当したJBO認定歯科矯正専門医
- 関 康弘(富山県魚津市 せき矯正歯科医院)
- 転医時の患者さんの年齢・性別
- 39歳3ヶ月(女性)
- 前歯科医院での治療
- 拡大装置による非抜歯矯正
- 再治療を希望された理由
- 非抜歯拡大治療の途中で上下の前歯が著しく前突し、いわゆるカッパ状態になってしまったことが心配になったため
前医での治療
カッパみたいな口元にされてしまいました
セカンドオピニオンを求めて私のところへ来院したときの状態です。一見歯が綺麗に並んでいるように見えますが、横から見ると前歯が著しく前突しています。お話を伺うと、前医で2年半に渡る非抜歯拡大矯正を受けカッパのような口元になってしまったことを心配して、当院にご相談にいらっしゃったとのこと。
来院時には上下の歯にマルチブラケットを装着されていましたが、お口の中を拝見すると、リンガルアーチという歯の裏側に取り付ける拡大装置で前後側方にいっしょうけんめい拡大して来たらしい痕跡が見受けられました。「歯を抜かずに見えない装置で治す」とうたう非抜歯拡大矯正の一種です。
治療前の検査がいい加減だった!
こちらの患者さんは治療前の資料(歯の模型とパノラマレントゲン写真)を前医からいただくことができたとのことでしたので早速拝見したところ、その資料のあまりのいい加減さに驚かされました。
まず、歯の模型です。上の模型が前医のところで作ったものです(下の模型は、私のところで歯科技工士さんに作り直してもらったものです)。写真では分かりづらいですが前医の模型は非常に質が悪く、製作の仕方もぞんざいな感じがします。もちろんこんな模型でもないよりはあった方が良いのですが、歯の状態が正確に再現されているのかどうか不安になります。
"汚い"と言って良いほど質が悪い模型ですが、それでも上下の前歯にデコボコがあることがわかりました。この前歯のデコボコに対して無理やり歯並びを広げるだけで矯正をしようとするので、行き所のない前歯は、前へ前へと出てきてしまうのです。
前歯が写っていないレントゲン
このデコボコの状態をもっと詳しく知りたいと思い、患者さんがもうひとつ持参された資料・パノラマレントゲン(歯全体が1枚の写真に写っているエックス線写真)を見せていただいて、もっと驚きました。
2枚のパノラマレントゲンを見比べてください。左側は前医が撮ったもの、右側は私のところで撮り直したものです。前医のものは、一番大切な前歯が写っていません。前歯にデコボコがあり、そこを矯正治療しようというのに、前歯の部分の歯や骨の状態がよくわからない写真で治療を開始しているのです。基本的に模型にしても写真にしても興味がないのだと思いますが、 このように資料を採ったふりをしてみせているものが最もやっかいです。
せき矯正歯科医院での治療
診断に必要な資料の採取
まず最初に、診断に必要な資料を採取するための検査を行いました。歯型採取・パノラマはもちろんですが、私のところではセファロ(※)による検査も必ず行っています。
(※)セファロ
セファログラム(頭部エックス線規格写真)。一定の規格のもとに頭部を撮影したエックス線写真のことで、歯やあごの骨の状態、咬み合わせの状態などを分析するために必要な資料です。
一定の規格のもとに撮影するため、治療前・治療後のセファロを重ね合わせることで、歯の動きや、あごの骨や咬み合わせの変化を正確に比較することができます。
セファロ検査は大切です!
セファロによる検査をしてみると、上の前歯だけでなく下の前歯も前に出てしまっています。前歯の出具合は、平均値からすると、標準偏差の3倍を超える異常な世界に突入しています。
患者さんに話を伺ってみると、前医では模型とパノラマエックス線写真以外の検査は行わなかったようです。模型とパノラマエックス線写真だけでの矯正治療というのは極めて危険です。船で旅をする、あるいは車でドライブに行くにあたり、模型とパノラマは、乗り物の取扱説明書あるいは、基本性能を記したものにすぎません。自分が今どこにいるのか、どこに行けるのか、世界基準の航海図とも言えるセファロを持たないで旅に出ることは最も危険です。セファロが海図の役目を果たしてくれます。道に迷ったとき、大海原で自分の位置がわからなくなったときに、島影等の目標物と照らし合わせて現在地を把握し、目標に対しての軌道修正が必要かどうかも教えてくれる大切な物です。 セファロは必要ないというお考えの先生もいらっしゃるようですが、私は正しい診断を行うためには絶対に必要なものと考えています。
右側は、セファロをトレースして作成した治療前後の重ね合わせです。私のところでの、治療前が黒の線、治療後が赤の線です。前歯が引っ込み、横顔がきれいになりました。セファロという撮影装置があれば良いというものではなくて、矯正を手がける船長は、きちんと海図を引いて重ね合わせて結果を自己評価できる技術も持っていなければいけません。多くの歯科医師には、奥歯は正しい咬み合わせをしているけれども、上下の歯列がともに前突しているという「アングル1 級の両突歯列」が不正咬合であるという認識が不足しています。これも、歯学教育の問題です。
抜歯矯正ですっきりと美しい口元に
検査の結果、上下左右の第一小臼歯を4本抜歯してやり直す必要があると診断しました。ここまで前歯が突出してしまうと、最初からやり直さなければ治せません。前医ですでに2年半に渡る治療を受けておられますが、また同じくらい時間がかかってしまうことも説明した上で治療を開始しました。
当院での治療を開始してから2年7ヶ月後、猿の惑星と言うか、上下の前歯が突き出たカッパ星人が、すっきりとした口元の月の美人になりました。「口元が引き締まってきれいになった」と、患者さんに喜んでいただけました。
検証
歯を並べることしか考えていない未熟な治療が問題
こちらの患者さんが最初にかかった歯科医師は治療前にすべき検査をきちんと行わず、歯や咬み合わせの状態を正しく把握することなく「拡大装置ありき」で歯を並べようとしていました。デコボコの歯並びに対して歯を抜かずに無理にあごを広げて治そうとすれば、当然歯が並んでいる歯列弓が元の状態よりも大きくなります。
歯列弓を広げて歯を並べることは特別な技術を必要とせず簡単なことです。しかし、歯科医師として「してはならない患者さんに、してはならないことをする」倫理的な問題があります。経験を積んだ矯正医であれば、行き場のない前歯が前へ突出することも、咬み合わせに影響が出ることも、歯周組織を破壊したり、せっかく広げたものが将来的に安定せずにその努力がムダになることも当たり前に予測できることなのですが、前医は非抜歯矯正にこだわったためか、その見極めが出来なかったようです。そして、結果を顧みて自己評価する術を知りませんから、患者さんに逃げられても反省せずに新たな失敗を増産します。
患者さんは口元のコンプレックスを改善したくて矯正治療を希望されます。患者さんの悩みを解消するどころか、前よりも口元が見苦しくなったり咬めなくなったりして悩みを増やすような治療は、絶対にしてはいけません。