NG矯正の症例:大人のNG矯正
歯が並べば「終わり」ですか?/抜歯部位の判断ミス
出っ歯とデコボコを気にしてご自宅の近くの矯正歯科を受診し、合計3本の抜歯をおこなって、約1年間マルチブラケットによる治療を受けた患者さんです。
デコボコは取れてきたけれど、出っ歯は治らずよく咬めないまま「次回で終了」と言われ、何かおかしいと疑問を持たれて、当院に相談に来られました。
- 再治療を担当したJBO認定歯科矯正専門医
- 廣島 邦泰(三重県伊賀市 アイウエオ矯正歯科医院)
- 年齢・性別
- 30歳1ヶ月(女性)
- 前歯科医院での治療
- 上顎左側第一小臼歯・上顎右側智歯(親知らず)・下顎右側中切歯、の合計3本を抜歯し、上下顎マルチブラケットにて約1年間治療。
- 再治療を希望された理由
- 出っ歯のままで咬み合わせもおかしいのに、矯正治療の終了を告げられて疑問を持った。
前医での治療
これで終わりですか? 歯を並べただけ?
これらの写真は、患者さんが当院に来院された初診時、つまり、前医では「矯正治療が終わった」ことになっているお口のものです。
前歯が大きく飛び出し、奥歯が咬み合っていません。普通なら、「これから治療を始めましょう」と言いたくなるようなこの状態で、患者さんは前医から矯正治療の終了を宣言されたそうです。さぞ驚かれたことと思います。
次回で装置を外すことになっていたので、当院来院時には矯正装置が付いたままでしたが、一番奥の歯(第二大臼歯)には何も付いていませんでした。患者さんに伺ってみましたが、一番奥の歯には矯正装置は付けていなかったそうです。
また、最初の説明では矯正治療が約2年、保定期間が約1年の予定で数十万を支払ったそうですが、実際に歯を動かした期間は1年程度だったようです。
前医で治療する前のお口
前医で治療を始める前に撮った口腔写真をプリントした資料をお持ちでしたので、拝見しました。患者さんは、歯のデコボコと出っ歯を治して欲しくて、前医に治療をお願いしたそうです。
来院時のお口と比べてみると、抜歯をしたおかげでデコボコについては一応歯が並んだようですが、出っ歯については全く改善されていません。上下の歯も咬み合っていません。
気になるのは、抜歯部位です。
上顎は左側が4番(第一小臼歯)で右側が8番(智歯・親知らず)、下顎は右側1番(中切歯)のみ抜歯しています。この抜歯部位では、デコボコを取ることはできても、出っ歯や咬み合わせまで改善できるかどうか疑問が残ります。前医がきちんと治せなかったのは、この抜歯部位で治療すると診断したことに原因があると思われます。
抜歯部位がバラバラであることが問題なのではなく、咬み合わせを考慮して治療していないことが問題なのです。当院でも左右非対称の抜歯をおこなうことはありますが、咬み合わせのバランスがきちんと取れることを前提として診断いたします。
アイウエオ矯正歯科医院での治療
セファロ分析
セファログラム撮影などの検査で資料を採取し、詳しい分析をおこなっていきます。
正面セファログラムを見てみると、上下の歯の正中は揃っていますが、お顔の正中から左へ約2mmずれていました。下のあごが右に曲がっているのです。
歯列全体は、治療開始前と比べるとデコボコが取れて一見並んではいますが、上の前歯が大きく前に飛び出しています。横(側方歯)も咬み合っていません。
患者さんは口を開けるときに「カクッ」と音がするようになって来ていたそうですが、それはこの不安定な咬み合わせのせいでどこで咬んでいいのか分からなくなり、顎に負担がかかるようになったからだと考えられます。
治療方針の決定
こちらの患者さんは前医ですでに抜歯をされていましたが、上顎前歯の前突と咬み合わせを改善することを目的として当院でさらに抜歯をおこない、上下顎とも装置をスタンダードエッジワイズ装置(与五沢エッジワイズシステム)に切り替えて再治療を開始しました。
上顎右側4番(第一小臼歯)と左側8番(智歯・親知らず)は治療開始時に抜歯し、下顎左右8番(智歯・親知らず)は治療後に抜歯することになっています。
治療後
治療は1年8ヶ月で無事終了し、現在は上下に保定装置をつけて保定観察しています。
こちらのケースは、前医で下の前歯を1本抜歯されていたので、歯牙サイズは計算上、上の前歯で約6ミリ大きくなっていました。できるだけ犬歯にガイドを付与するため、上前歯を左の側切歯から右の犬歯の間で約1.5ミリスライスしました。このことは再治療開始前に患者さんに説明し了解を得ていました。
歯の形が縦長でこれ以上は削りすぎると当時は感じていましたが、もう少しスライスできたかもしれません。
また、下顎右方偏位が著しく、左右のトルクを顎偏位にあわせて入れていました。仕上げのアイデアルアーチは8か月間使用しましたが、もっと強めにトルクを入れる、あるいはアイデアルアーチの期間を長くする方がよかったかもしれません。再治療の難しさに始終悩み考え続けたケースでした。
前医で下の前歯を1本抜歯されており、前歯を3本で揃えることになったため、上下の歯の正中が合っていませんが、上の歯は後ろに下がり、上下の歯の咬み合わせも良くなりました。
患者さんは、不安なくしっかり咬めるようになっただけでなく、自信を持って笑えるようになったと大変喜ばれています。
検証
「ただ歯を抜けばいい」というわけではありません
抜くべき歯を抜かずに矯正治療をおこなったために「出っ歯になってしまった」「咬めなくなってしまった」と再治療を希望されるケースを多くご紹介して来ましたが、こちらの患者さんのように、患者さんの理解を得て抜歯矯正をおこなったのに、歯科医師の判断ミスで再治療を余儀なくされてしまったケースも少なからずあります。
今回のケースでは、抜歯するべき歯の部位の判断を誤ったことが原因です。
私たち矯正歯科医が矯正治療のために歯を抜歯するのは、ただ単に歯をきれいに並べることだけを目的としているのではありません。
歯をきれいに並べるのは当たり前です。その上で、見た目も咬み合わせもきれいにするためには、「どの歯を抜歯するか」が大切になります。中途半端な抜歯はかえって「上下の正中を合わせて正しい咬み合わせをつくる」ことも「見た目をより美しくする」ことも困難にしてしまうことを、矯正治療に携わる歯科医師はしっかりと認識すべきと考えます。