NG矯正の症例:大人のNG矯正
えっ!これで終わり?/成長予測が不十分なままの拡大
小学2年生から床装置で歯列拡大、中学1年生からブラケットを装着して中学3年生までワイヤー矯正で治療を継続されていた患者さんです。前医は治療の終わりを宣言しましたが、中心のズレと口元の突出が認められ、ご本人もよくかめないこととあごの痛みに悩まされていました。
- 再治療を担当したJBO認定歯科矯正専門医
- 廣島 邦泰(三重県伊賀市 アイウエオ矯正歯科医院)
- 転医時の患者さんの年齢・性別
- 14歳8ヶ月(女性)
- 前歯科医院での治療
- 拡大床装置とマルチブラケット装置による非抜歯矯正
- 再治療を希望された理由
- 次回で終わりと言われたが、口元が出ているし、よくかめない。あごの痛みも感じており、治療終了に納得がいかなかったため
前医での治療
これで終わり? 本当に?
上の2枚の写真をご覧ください。
口元がもったりと前に飛び出し、歯の中心(正中)が右側にずれているこのお口は、これから初めて矯正治療をはじめようとしている方のものではありません。なんと、7年もかけた長い長い矯正治療が「終わった」と宣告された方のものなのです。
もちろん患者さんは納得されていません。それなのに「次回、装置をはずしておしまいです」と言われて不信を感じ、アイウエオ矯正歯科医院に相談に来られました。
詳しくお話を伺ってみると、近くの一般歯科で、拡大装置とマルチブラケットを使う非抜歯治療を約7年間続けていたのだそうです。小学2年生から“拡大床矯正装置(歯の裏側にネジやバネと金属線を入れて歯を広げる装置)”で歯並びを拡大し始め、中学生になってマルチブラケット(歯の表面に装着している装置)に切り替え、歯を抜かずに矯正治療をしたところ、上下の中心はズレたまま、カッパのようにもったりした口元になり、おまけにあごの関節まで痛くなってきた。なのに、担当医にこの状態で治療は終了ですと言われたというのです。
たったこれだけの資料で診断?
こちらの患者さんは、前医で治療を始める前の資料をお持ちとのことでしたので、さっそく見せていただくと、雑な感じの歯の模型と、パノラマレントゲンを渡されました。
念のため確認してみましたが、他にはお口の中の写真を撮ったくらいで、前医が治療方針を決めるためにとった資料はこの2点だけのようです。やはり、最も重要な顔のレントゲン(頭部X線規格写真)を撮っていませんでした。これでは歯を動かす土台となるあごの大きさや形がわからないだけでなく、あごの成長も予測できません。
きちんとした検査なくして、きちんとした診断はありえません。このような中途半端な検査で診断を下して矯正治療を行うのは、非常に危険です。
アイウエオ矯正歯科医院での治療
セファロ分析
当院では、パノラマレントゲン撮影、歯の模型作成の他に、頭部X線規格写真(セファロ)の撮影を必ず行います。セファロは耳のところで頭部を固定し、常に一定の条件で撮影する規格レントゲン写真です。前医では撮影しなかったようですが、ご覧のようにセファロは歯列だけでなく顎や頭全体の状態を把握することができます。より精度の高い分析・診断を行うためと、治療の段階ごとに撮影して比較・分析を行うために不可欠な資料なのです。
正面セファロを見ると、下のあごが右に曲がり、そのため下の歯の正中は右側へ約2ミリずれているのがわかりました。側面から見ると上下の前歯が前に出ており、口を閉じようとすると唇も前に突出して、オトガイ部分が突っ張って緊張した状態になっていました。あごの関節は左右とも小さい形をしています。口を開けるときに「カクッ」と音がし、時折痛みが出るとのことでした。
治療方針の決定
上下の前歯や口元の突出を改善するためには、上下左右の小臼歯を抜いて上下の前歯を後退させる必要があります。下顎が右側に2ミリずれているのを改善するためには、左右で違う部位を抜歯して正中を一致させる必要があります。
患者さんが納得されたので、上の歯の左右の第一小臼歯を2本、下の右側の第二小臼歯と左側の第一小臼歯の2本を抜歯し、上下顎スタンダードエッジワイズ装置(与五沢エッジワイズシステム)を用いて矯正治療を行いました。
治療後
治療は2年1か月で無事終了し、上の歯、下の歯ともに後ろに下がり、キレイな横顔になりました。それだけでなく、上下の歯の正中も一致しかみ合わせも良くなり、自信を持って笑えるようになったと喜ばれています。さらに、あごの痛みがなくなり何でも安心してかめるようになったことが一番満足されています。
レントゲンでみると、歯の根っこは平行に並んでいます。あごの関節に異常はありませんでした。
現在は上下に保定装置をつけて保定観察しています。
治療前後でこんなにも変わる!
白線は「審美ライン(E-Line)」といって、鼻の先とあご(オトガイ)の先を結んだ直線です。一般的に、この線に下唇の先が接するか少し後ろにくるくらいがきれいな口元と言われています。治療前では、上下口唇ともに線より前に出っ張っています。治療後ではちょうど下唇の先が線に接しています。横顔が別人のように見えます。
きちんと検査を行い、きちんとした治療計画を立てることができていれば、再治療をしなくても最初からこのようにきれいな口元になっていたことと思います。
検証
検査不足+予測不足=NG矯正
「早く始めれば歯を抜かずに矯正治療ができる」と言ううたい文句をよく聞きますが、こちらのケースのように、早くから始めても無駄に終わる場合があります。結果に満足いかなくても、小学2年生から続いた7年間の矯正治療に費やした時間はもう戻りません。治療費の返金を求めても、なんだかんだ言われて返ってこなかったとのことです。
残念ながら、こちらの女の子のようなご相談は珍しいことではないのです。
歯を並べるだけでなく、かみ合わせも見た目もきれいにするには、きちんと検査をし、成長予測を行い、適切な治療時期に矯正治療を開始することが必要なのです。もちろん抜歯が必要かどうかも予測可能です。きちんとした検査を行い適切な治療計画を立てられる歯科医(歯科矯正の教育をきちんと受け、矯正臨床経験もしっかりと積んでいる歯科医)にめぐり会うことが大切なのです。
「早く始めれば歯を抜かずにできる」「早く始めれば早くおわる、安くできる」といわれるとつい治療を任せてしまいがちになりますが、その根拠や結果(ゴール)についてきちんと説明してくれないようであれば注意された方が良いと思います。この見極めが、「後悔しない歯科矯正」への第1歩です。