NG矯正の症例:大人のNG矯正
本で読んだ治療を希望したら・・・/咬合を無視した安易な拡大
前医で8ヶ月に渡る非抜歯拡大矯正治療の途中できちんと咬めなくなってきたことを心配して来院されました。私のところでは、治療方針の変更が必要と診断し、上顎左右の第一小臼歯と下顎左右の第二小臼歯の4本を抜歯して治療しました。 2年4ヶ月に渡る再治療を行い、かみ合わせが改善されたケースです。
- 再治療を担当したJBO認定歯科矯正専門医
- 関 康弘(富山県魚津市 せき矯正歯科医院)
- 転医時の患者さんの年齢・性別
- 30歳1ヶ月(女性)
- 前歯科医院での治療
- 拡大装置による非抜歯矯正
- 再治療を希望された理由
- 非抜歯拡大治療によって咬み合わせが悪くなり、途中で抜歯とインプラントアンカーという正反対の治療方針を提示されたことに不信感を持ったため
前医での治療
抜かずに広げたら、咬めなくなりました
セカンドオピニオンを求めて私のところへ来院したときの口元とお口の中の状態です。一目で左右ともに上下の歯が全く咬んでいないことがわかります。患者さんにお話を伺わなくても、食事の際に食べ物を噛むことができなくて苦労されているだろうことが予想されます。
お話を伺ってみますと、やはり、非抜歯拡大矯正治療を受けたらだんだん咬み合わせが悪くなり、きちんと食べ物が噛めなくなって不安になって来たのだそうです。もちろん治療を担当していた前医にその不安を訴えましたが、思いもよらぬ返答に不安が不信感に変わり、転医を決意されたとのことでした。
抜かないで治せるって言ったのに!
「きちんと咬めるようにしたいなら、これからは取り外しのできないブラケット装置をつけて、本格的な矯正治療を始めましょう。」前医は、こともなげにそう言ったそうです。患者さんが8ヶ月の間頑張って来た拡大矯正は、≪本格的な矯正治療≫ではなかったということでしょうか? さらにこの歯科医師は「そのためには、上二本の抜歯とインプラントアンカーを打つ必要があります」と続けたそうです。治療を始める前に「抜かないで治せる」と言ったのはウソだったのでしょうか?
実はこちらの患者さんは、本で読んだ「抜かないで治せる」と言う治療法に魅力を感じ、わざわざそういう歯科医院を探したのだそうです。たまたま勤務先近くに【矯正歯科】という看板が掲げている"一般歯科"に相談したら、「抜かずに治せますよ」と言われたので、そちらで「歯を抜かずにキレイに並べる」という方針で治療を開始したとのこと。
抜かない治療を求めていたのに、治療方針が全く変わってしまい、こちらの患者さんは一気に不信感を抱きました。矯正にインプラントを使うということも、本当に必要なことなのかどうか不安になったそうです。そこで、セカンドオピニオンを求めようと考えたのです。
一般歯科医、アルバイト矯正医、矯正専門医を巡り歩いて
最初のセカンドオピニオンは、ご実家の近くの一般歯科で受けたそうです。他県から大学の先生がアルバイトで矯正に来られているところなので、より専門的な意見を期待してのことです。そこで相談してみるとやはり、上二本の抜歯が必要とアルバイト矯正医から伝えられました。ここで、「自分には抜歯が必要なんだ」と納得されたそうです。
そちらの歯科医院で再治療を受けることも考えましたが、矯正担当の先生が月に数回しかいらっしゃらないと聞いてためらいました。一回目の治療で、何か困ったときにすぐ診てもらえるかどうかが大切だということを学び、治療に対して賢くなっていますから、月に何度かしか診てもらえないバイトの先生ではだめだと考え、矯正専門の歯科医院を探すことにしました。たまたまご友人が私のところで矯正治療を完了されていましたので、その紹介で私のところへ来院されました。
私のところでは、前歯を後退させることと、上下のデコボコの歯並びを治すために、上の第1小臼歯2本と、下の第2小臼歯2本の合計4本抜歯が必要であると診断しました。(下の写真の×印をつけた歯です。)
抜かない治療を希望されている患者さんにとって抜歯の提案をされることは大きな不安につながります。こちらの患者さんの場合はセカンドオピニオンで別の一般歯科医院でも大学の先生から2本抜歯の提案があり、似たような歯並びだった身近なご友人が私のところで同じく4本抜歯で治療を完了されていましたので、治療例をお見せしながらの説明を理解され、抜歯治療への方針変更をすんなりと受け入れられました。
せき矯正歯科医院での治療
前医での治療を検証 焦点が合っていない資料写真
患者さんの元々のお口の状態を確認するために、前医からいただいた資料を見せてもらいました。前医からの資料は、顔貌や口腔内写真をA4サイズの紙に印刷しただけの写真と、歯の模型です。模型はただ作っただけのような仕上げの悪いもの、写真に至っては写真のサイズも撮影方向もバラバラで、焦点も合っていません。矯正の資料としては、質が低いと言わざるを得ません。こんな資料できちんとした診断ができたとは思えませんので、残念ながら「検査をしたふり」「資料を採ったふり」だったのでしょう。こういう「資料を採ったふり」をしてみせる歯科医師が最も厄介です。
ネジを回して広げてみたものの・・・
前医から貰った治療前の歯型をきれいに作り直し、転医して来たときの歯型も作って、お口の状態がどのように変化したかを確認してみました。こちらの患者さんは、歯の裏側にはめてネジを回してあごを広げるタイプの拡大床矯正装置が処方されていました。8ヶ月ほど頑張って毎日使い、上下の歯並びの横幅が6mmほど拡大されました。
拡大前後の模型の写真を重ね合わせてみますと、上下とも左右に3mmぐらいずつ広げられていることがおわかりになると思います。しかし、歯を抜かないで治せるという拡大床矯正装置を毎日使った結果、患者さんの咬み合わせが不安定になり食べ物が噛めなくなってしまいました。
「抜かずにキレイに並べる」という治療方針だったと言うことですので、前医としては「このまま続ければ歯はキレイに並ぶから問題ない」と言うことになるのかもしれませんが、きちんと教育を受けた矯正医であれば、「ただキレイに並べばいい」とは考えないはずです。
また、抜かずに広げた場合はこのように咬み合わせが悪くなってしまうリスクがあることを、事前に患者さんに説明をしないということも、普通では考えられません。
「抜かずに治せる」という言葉を信じた患者さんは、結局治療に不安を感じて転医を考えるようになってしまいました。
抜歯矯正で、ちゃんと噛めるきれいな口元に
せき矯正歯科医院で、上の第1小臼歯2本と、下の第2小臼歯2本の合計4本を抜歯して再治療を行いました。治療開始から1年半ごろに第一子の出産があり2ヶ月半ほど通院を休みましたが、それを含めて2年4ヶ月で治療終了になりました。横顔がきれいになったと喜んでいます。
検証
「歯をキレイに並べること」と「矯正治療」の違いを、歯科医師が理解していない
前医による最初の治療方針は「歯を抜かずにキレイに並べる」ですから、咬み合わせがどうであれ、とにかく歯がキレイに並びさえすれば前医にとっては「治療成功」であったのかもしれません。しかし、ただ歯をキレイに並べるだけでは矯正治療とは言えません。その方法では咬み合わせが悪くなるというリスクについてもきちんと説明をし、患者さんが納得した上で「咬み合わせが悪くなってもいいから歯を抜かずにキレイにしてください」と希望したのであれば仕方がありません。しかし、患者さんが希望したからといってそのまま抜かない方法を受け入れるドクターには倫理的な問題があります。ところが、こちらの患者さんに限って言えば、そういったデメリットすら最初の段階で特に説明を受けていなかったようです。
患者さんが咬み合わせの悪さを訴えた際に「それなら抜歯して本格的な矯正が必要」と治療方針を覆したところを見ると、咬み合わせが悪くなることを承知の上で、わざとデメリットについては黙っていたとも考えられます。それは歯科医師として絶対にやってはいけないことです。